ノイ村

Village of "NEU!"

まずは、公開されたばかりのこちらの記事にて、もしかしたら2021年最大のヒット曲となるかもしれないオリヴィア・ロドリゴの『drivers license』について、オリヴィア自身のキャリアと衝撃的なヒットがどういう流れで起きたのかをまとめておりますので御覧ください。

オリヴィア・ロドリゴはなぜ“たった1曲”で偉業を成し遂げられたのか?若者の関心掴む、新たなヒットの在り方を考察(RealSound)
https://realsound.jp/2021/02/post-703591.html

そして、このnoteはこちらの記事の続きとして書いているものです。前述の記事を書く中で湧き出てくる「では何故、『drivers license』はテイラー・スウィフトを筆頭に、オリヴィアのファン以外の心をも掴んだのか?」という疑問について、楽曲を読み解くことで考えてみました。文字数が元の原稿自体を遥かに上回ってしまうので、残念ながら記事には載せることは出来ませんでしたが…。せっかくなので「第二部」としてお楽しみ下さい。

(以下、本編)

全ては一つの物語のために。『drivers license』を読み解く。

では、『drivers license』は何故、オリヴィアのファンダムだけではなく、世界中の多くの人々を魅了したのだろうか?そこには、まさにテイラー・スウィフトから受け継がれた「短編小説のようなストーリーテリング式の楽曲構造」と、「物語を最大限に表現するためのソングライティングスキル」がある。それでは、本楽曲の物語を読み解いていこうと思う。

『先週、運転免許証を取ったんだ / いつも二人で話していたやつ / だってあなたはすごくワクワクしていた / やっと私があなたの家まで運転できるようになるからって / でも今日は泣きながら郊外を運転した / あなたがそばにいないから(I got my driver’s license last week / Just like we always talked about / ‘Cause you were so excited for me / To finally drive up to your house / But today I drove through the suburbs / Crying ‘cause you weren’t around)』

車のエンジンを入れ、警告音が鳴っているような音が滑らかにピアノのフレーズへと移り変わり、『drivers license』の物語が始まる。この物語の主人公が、恋人と免許を取ることにわくわくしていた日々を振り返りながら、今ではその相手がいなくなってしまったことを息の混ざった優しい声で穏やかに、そして悲しく歌い上げる。

『多分、あなたはあの金髪の女の子と一緒にいるんだろうね / あの子のせいでいつも疑心暗鬼に陥っていたよ / 彼女は私よりもずっと年上だし / 彼女の全てが私を不安にさせる (And you’re probably with that blonde girl / Who always made me doubt / She’s so much older than me /
She’s everything I’m insecure about)』

次のヴァースでは、その悲しみに相手の現在の恋人に対する嫉妬心が重なり、シンプルなコードの上で淡々と歌い続けていた主人公の感情が徐々に高まっていく。ピアノ・バラードであるにも関わらず、僅かな息継ぎを挟みながら出続ける言葉と、最後の小節を待たずに7小節で切り上げて次のフレーズを歌い上げる構造が、この物語の主人公の抑えきれない不安定な感情を見事に表現している。

『私たちが完璧じゃなかったのは分かっている / でも、今までこんな感情を誰にも抱いたことが無いんだ / ~ / あなたが私のことを書いた歌詞は、きっと本当じゃなかったんだ / だってあなたは永遠と言ったのに、今は私一人であなたの家の通りを運転している(And I know we weren’t perfect / But I’ve never felt this way for no one / ~ / Guess you didn’t mean what you wrote in that song about me / ‘Cause you said forever, now I drive alone past your street)』

高まった感情はコーラスで一つのピークに達する。必ずしも理想的な関係では無かったことを認めながらも、それでも相手がいなくなった今、悲しみの中で、どこへぶつければ良いのか分からない感情が、これまでのヴァースとは異なり、どこまでも高く上っていくメロディラインと力強く鳴り響くオーケストラの音色と共に、誰もいない空間へと投げられていく。想いは遂に3小節目で切り上げるほどに高まり、ありったけの声と性急なリズムでかつて永遠を誓った相手を責め、今の自分の姿を悲しく見つめる。

本のページをめくるように、それぞれのヴァースで異なる場面や感情が描かれ、『drivers license』の物語が断片的に浮かび上がってくる。二度目のコーラスを歌う頃には、その歌声やビートはより大きく、性急で不安定になり、言葉と言葉の間も溢れる感情が歌声となって止まらない。あの人の家までの道を辿る中で、どこか主人公の不安が高まっているように感じられる。そして、物語はブリッジを迎え、これまでの景色が一変する瞬間が訪れる。

『赤信号、止まれの標識 / フロントヤードにある白い車の中に、あなたの顔がまだ見える / ~ / 二人で渡った歩道 / 渋滞の中で、あなたの声がまだ聞こえる、私たちが笑っているよ / 全ての雑音を超えて / あぁ、とてもブルーな気分だ。私たちが終わったことが分かってしまって / だけど、まだあなたのことをひどく愛している(Red lights, stop signs / I still see your face in the white cars, front yards / ~ / Sidewalks we crossed / I still hear your voice in the traffic, we’re laughing / Over all the noise / God, I’m so blue, know we’re through / But I still fuckin’ love you, babe)』

それまでシンプルなリズムとピアノ、添えるようなオーケストラの中で歌い、高まり続ける感情をどうにか抑えていた理性が、突然『赤信号(Red light)』に止められるように遮られる。それまで軽快だったリズムが一気に重くなり、彼女が深く影響を受けたロードの楽曲を彷彿とさせるような、極めてドラマティックで壮大なコーラスワークの中で、二人の思い出が強烈にフラッシュバックし、これまで何とか抑えようとしていた感情が遂に決壊し、Fワードを口走ってしまうほどに相手への想いと悲しさが爆発する。間違いなく本楽曲で最もエモーショナルで美しい瞬間である。

『えぇ、あなたは永遠と言った。今は私一人であなたの家の通りを運転している(Yeah, you said forever, now I drive alone past your street)』

どうしようもなく泣いた後、冷静さを取り戻した主人公は、これまでの不安な感情が混じった声ではなく、どこか落ち着いたような表情で静かに現実を受け止める。そして、『drivers license』の物語は終わりを迎える。

断片的な状況描写と、実際のエピソードが生み出す「リアルに浮かび上がってくる物語」

『drivers license』の歌詞におけるポイントは、それぞれのヴァースにおいて「主人公と元恋人が運転を練習していた頃の回想」、「相手の現在の恋人の存在」、「主人公が友人に失恋の悲しみを訴える姿」という断片的な場面が描かれ、それらが「元恋人が住む通りを一人で運転している主人公の姿」へと集約されていくという構造である。決してそれぞれのエピソードが詳細に描かれるわけではなく、また時系列も恐らくバラバラだろう。だが、その余白こそが聴き手の想像力を刺激し、共感を生み出す。そして、その想像された光景が、ブリッジでのフラッシュバックをより壮絶なハイライトへ導くのである。

また、実際に元ネタとなるオリヴィア/ジョシュア/サブリナの関係性を調べてみたり、きっかけとなった『HSM』を鑑賞した上で改めてこの曲を聴いてみると、以前よりも歌われる世界がより深みを持って感じられることに気付く。なんと、前述のヴァースには全て「対応する実際のエピソード」が存在するのだ。断片的なパーツで構成された『drivers license』の内容に対して、実際に起きた出来事が新たな「資料」として物語を補完してくれるのだ。それらを知れば知るほど、『drivers license』の物語がよりリアルに浮かび上がってくるのである。まさに、マーベル・シネマティック・ユニバースなどを筆頭に、断片的な情報を元に考察する文化が定着し、歌詞の意味が全てGeniusで丁寧に解説される現代ならではのストーリーテリングの手法と言えるだろう。

その仕掛けの上手さは、この曲に「運転免許証(drivers license)」と名付けるというそのセンスにも表れている。本楽曲において、この言葉は最初の一行目にしか出てこないし、主人公自身、免許証という物自体に強い思い入れがあるわけでもない。だが、この曲の主人公にとっては、二人で運転を練習しながら取得したこの運転免許証こそが二人の関係性の象徴なのである。楽曲を通して聴いた後、改めて『drivers license』というタイトルを見ると、単なるアイテムと思っていた聴く前と比べて、言葉に感じるイメージが大きく変わっていく。人によっては、自分自身の思い出を重ねる人もいるだろう。二度目に聴くと、冒頭の『先週、運転免許証を取ったんだ。(I got my driver’s license last week)』というフレーズだけで既に泣きそうになってしまう。また、運転免許証といえば、「子どもから大人になるタイミングで取得するもの」でもある。それを踏まえれば、更にこの楽曲の深みが増していくだろう。

そして、前述の通り、ただ物語の描写が巧みなだけではなく、それらを表現するための主人公の感情、言葉、リズム、メロディライン、歌い方、ブレス、トラックのアレンジ、小節の刻み方まで全てが見事に噛み合っており、無駄な要素が全く無い。だからこそ、7小節、あるいは3小節で切り上げてしまう、現代のメインストリームでは珍しい楽曲構成に関しても全く違和感なく聴くことが出来てしまうし、むしろそれが共感を促す効果として機能している。

それでいて、歌い上げながらも決して耳に刺さらない歌声やシンセサイザーを効果的に使った空間作りなど、ビリー・アイリッシュやアリアナ・グランデに代表される近年のトレンドとも言えるASMR的な心地よい聴こえ方に関しても徹底しているのだ。にも関わらずクレジット欄に記載されているのは、プロデューサーのDon Nigroとオリヴィアの二人だけである。ビリーとフィネアスの関係性に匹敵する、破格のソングライティング能力と断言してしまって良いだろう。そもそも、大胆な楽曲構成や、元ネタをモチーフにした、場面ごとに切り出して描くストーリーテリングの手法自体は、デビュー前の『All I Want』の時点で実現してしまっていることにも驚かされる。

確かに、まだオリヴィアの楽曲は『drivers license』しか存在していない。だが、もし来るEPに収録される楽曲がこのレベルの作品ばかりだったら…….。その時には、恐らく『drivers license』を超えるほどの社会現象が巻き起こっているだろう。そう断言出来るほどのポテンシャルを、間違いなくオリヴィア・ロドリゴは秘めている。