とりあえずGrimesに聴かせて微妙な表情をする姿を見たい。
アマチュアミュージシャンとしてBandcampやsoundcloudでインディペンデントに活動していた現在20歳の大学生のPenelope Scottは、元々TikTokのヘビーユーザーとして、適当な動画をアップしたり、適当に流れてくるミームを見ることで友人たちと楽しんでいた。そんなある日、じゃあ自分が作った音楽もアップしてみようじゃないかと考えるようになった。すると、彼女の音楽を良いと感じる人々が徐々に集まるようになり、だんだんDMを返すのも大変になったり、Spotifyにアップしていた音源の再生回数もいい感じに伸びてきたという。とはいえ、特にレコード会社と契約を結ぶこともなく、彼女は現在もマイペースに一人で宅録をしながら活動を続けているし、普通に大学の講義に出席している。このような例は決して珍しいものではない。今や多くのアマチュアミュージシャンがTikTokをきっかけに注目を集めるようになっている。
かつて、そのような役割の中心を担っていたsoundcloudやBandcampが「誰もが簡単に自分の音源をアップ出来る」サービスだとすれば、TikTokは「誰もが簡単に自分の音源をアップ出来るし、誰もが簡単にその音源を使ってコンテンツを作れる」という”次の世代の”プラットフォームだと言えるだろう。楽曲を気に入った人がそれを元にして新たなコンテンツを作り、やがてミームとなって広がっていく。「TikTok発のヒット」と聞くと、多くの人々がその言葉に商業的な気配を感じたり、狙った楽曲だろうと勘ぐったりと、音楽としての評価まで至ることの無い場合が多い。だが、実際にはもっとシンプルなクリエイティビティがそこにはある(勿論、Drakeなどのようにバズを確信犯的に狙うケースもあるが)。そもそも、ミックステープをネットにアップしたり、myspaceにページを作ったり、soundcloudに音源をアップしたり、「無名のミュージシャンがインターネットを使って楽曲を公開する」流れは20年以上前からずっと続いてきた流れである。それが今はTikTokであるというだけだ。
現在、Spotifyのワールド・トレンド・チャートの上位に登場している『Rät』も、ブレイクのきっかけは、Penelopeがアコースティック・ギター一本で弾き語った『Elongated Muskrat』という一部に既視感のあるタイトルの楽曲の映像をいつも通りTikTokにアップしたことから始まっている。昔から受け継がれてきたコミカルなフォークソングのように親しみやすいその曲は、瞬く間にTikTok上を広がっていった。
動画にもある通り、元々は軽い冗談として、次作のシークレット・トラックとして収めるはずだったこの曲は一気に注目を集め、完成版となる『Rät』は現在ではSpotifyの再生回数が440万回超え、YouTubeの動画も160万再生以上(ちなみに他人がアップした別の動画は200万再生以上)と彼女のキャリア史上トップクラスのヒットを実現してしまった。原曲のアコースティック・ギターの代わりに、チップ・チューンのようにファミコンやゲームボーイを彷彿とさせる8bitなシンセサイザーがメインの楽器として使われており、より一層にコミカルさとキュートさを増している。全く加工している気配のない素朴な歌声も非常に魅力的だ。普段、沢山のお金のかかったポップ・ソングに触れていると、この宅録感全開の本楽曲の質感が非常に新鮮に感じられる。だが、だからといって人々に受け入れられないかというと、決してそういうわけではなく、こちらのバージョンも絶賛TikTok上で広がっている最中である(参考)。
そんな、元タイトルが『Elongated Muskrat』というイーロンでマスクな本楽曲で歌われているのは、「理知的な科学者の男性に憧れて、実際に付き合ってみたんだけど、どうにも下に見られていて、こき使われている気がしてならないんですけど」というシリコンバレーへ向けた皮肉全開のメッセージである。
宗教を否定し、技術を信じる彼氏が披露する火炎放射器や巨大トンネルに魅了され、何か助けになれないかなとプログラミングを勉強して一緒に活動できるように努力した。でもある日、あまりにも彼氏が自らがエリートであることを盲信する姿にうんざりし、「いや、結局お前が否定している宗教の収益システムと同じくらい、このシリコンバレーの資金システムも腐敗してるやんけ。しかももっと金稼いでるし、より一層真っ黒やん」と気付き、「あなたのことを愛していたんだけど、すっかり冷めちまったわ」と別れの言葉を叩きつける。
「私はただあなたと二人で月に行けたらロマンチックだなって思ってただけで、二人で月を開拓して人類にとっての植民地にしようなんて思ってなかったし、こんなリッチな生活なんて別に要らなかったし、ていうかこのトンネルとか火炎放射器とかロケットって何なんだよ!お前は天才発明家のテスラになるって言ってるけど、実際になってるのはエジソンじゃねぇか!あぁ、あんたを愛していたっていう事実が恥ずかしくてしょうがない…。いっそ月にでも連れてってよ…」
軽快なテンポで、かつ宗教的引用やシリコンバレーが抱える問題やイーロン・マスクの触れられたくない部分を的確に刺していくこの曲は、「そりゃシークレットで入れたら笑いの一つでも取れるだろう」というノリで作られた楽曲である。だが、「最初は憧れていたんだけど、実際に付き合ってみたら幻滅した」という多くの人々の共感を誘うテーマを持ったこの曲は、瞬く間に「相手に幻滅した時のテーマソング」として広まっていくことになる。結局、先日リリースされたアルバム『Public Void』で本楽曲は見事にラストを飾っており、今では彼女の代表曲となった。これは比較的トリッキーな例だが、他にも『Cigarettes Ahegao』(※煙草とアヘ顔)や『Sweet Hibiscus Tea』といった数百万再生超えのヒット曲を持っている。どれも、どこかシュールで、妙に現代的かつ具体的で、それでいて愛らしいのが特徴的だ。
彼女が今後、例えばTaylor Swiftのようなビッグなシンガーソングライターになるかというと、多分そうはならないし、本人も別に望んでいないだろう。今年はPowfuやbeabadoobee、Avenue Beat、JAWNY、BENEEと多くの若手ミュージシャンがTikTokを起点にブレイクしているが、あくまでどのアーティストもマイペースに活動を続けている。この「感じ」も、ある意味では2020年らしい音楽の在り方と言えるかもしれない。
[参考]